ある1年1組の読み聞かせの記録(47)2007年04月23日 17時38分12秒

さて、1年分の読み聞かせの記録もいよいよ終わりとなります。
福音館書店の本が特に多いのは、図書室の蔵書を使う事を自分に課したからです。図書室専従の職員が配置されていなかった頃は、図書主任の先生が忙しい中でカタログの中から無難なものを選んで購入していたんだろうと思います。福音館傑作絵本セットAだのBだのは、はずれはありませんもの、非難はできません。でも、2年続けて同じ本を買っていたりするので、やはり担任を持った先生が一人で図書室を切り盛りするのは絶対に無理です。
まあ、そんなわけで福音館の絵本が蔵書数に占める割合が高く、最後の1冊もたまたまそうなっています。

「かさもっておむかえ」 征矢清 文、長新太 絵、福音館書店

雨が降ってきたので傘を持って駅までお父さんのお迎えに。そうしたら、不思議な出来事が起こります。
鉄道の駅が近くにない車社会のこの地域の子には実感できないシチュエーションなんですが、お父さんが現われない心細さはわかるでしょうし、電車の中にいろんな動物が乗っているところなど十分に楽しめる絵本です。
実際に迎えに行ったことがある子どもだったら、もっと嬉しくなっちゃうかもしれませんね。それとも、最近は一人で駅までお迎えしないかな、安全面で…。

以上、1年分の記録です。書名だけメモしておいたのですが、今思えば少しは感想も書いておけばよかったなあ、後悔先に立たず。たとえば、本2冊の組み合わせが、とても上手くいった時もあったと思うのです。とても良い選び方をしたと、すごく幸せな気分に自分がなった時もあったはずです。その気分の記憶だけあって、どの本の時だったかまるで覚えていません。読み聞かせの組み合わせに悩む人もいるので、記録しておけば参考になったのにと悔やみます。

ある1年1組の記録はこれでおしまいです。2年生になってからも読み聞かせは続けたので、少し間を置いてからまとめたいと思います。

読み聞かせの絵本選びに少しでもお役に立てたなら幸いです。

ある1年1組の読み聞かせの記録(46)2007年04月22日 10時24分57秒

次に行きます。

「もりのなか」 マリー・ホール・エッツ 作、 福音館書店
「マドレーヌといぬ」 ルドウィッヒ・ベーメルマンス 作、 福音館書店

「もりのなか」は、一見地味な絵本ですが、読んでみるととても子どもを引き付けます。自分の子どもが幼い頃に読んでやった時、読み聞かせで使った時、一緒にすーっと絵本の世界に入っていけるという体験を何度したことか。
ぼくが森の中へ入っていくと、いろいろな動物に出会います。一緒に行っていいかい?行列がどんどん長くなります。
名作、傑作、定番としていろいろな所で取り上げられることの多い絵本ですが、それでもまだ手に取ったことが無いというあなた、だまされたと思って読んでみてください。読み聞かせに使ってください。

「マドレーヌといぬ」は、シリーズの中ではストーリーが一番面白いと思っています。
私が読み聞かせに使うのは、この本と「げんきなマドレーヌ」それから「マドレーヌのクリスマス」ですね。
お転婆なマドレーヌは、うっかり川へ落ちてしまいます。溺れるところを助けてくれたの1匹の犬を、みんなは大事に飼う事にしました。でも本当は寄宿学校では飼ってはいけないのです。学校を検査する委員がやって来た日、遂に見つかってしまいます。

ある1年1組の読み聞かせの記録(45)2007年04月20日 14時43分12秒

次に行きます。

「だんごむしそらをとぶ」 松岡達英 作、 小学館
「ぴかくんめをまわす」 松居直 文、長新太 絵、福音館書店

「だんごむしそらをとぶ」は、とってもリアルな絵です、松岡達英さんが描いていますから。そして、その絵でダンゴムシの空を飛びたいという願いをかなえてしまうので、妙に真に迫ってきます。
蜘蛛に食べられたトンボの羽を使って、ダンゴムシ君は飛ぶ機械を作ります。工作は得意なんですって。完成した装置を身につけて、ダンゴムシ君は飛び立ちます。きっとここよりいい場所があると信じて。
ちょっとした冒険をして帰ってくると、自分の家がとても居心地がいいことに気がつくものです。これもそんな絵本です。

「ぴかくんめをまわす」は、信号機のぴかくんの一日を描いてあります。
規則正しく青、黄、赤と信号を表示していたぴかくんですが、忙しすぎて遂に目をまわしてしまいます。人も車も大混乱。

私の父はかなり早く、昭和30年代前半に運転免許を取りました。若いサラリーマンに車を買う余裕はありませんでしたが、終電がなくなるまで残業した時は会社の車を借りて帰ってきたそうです。
勤め先は東京のど真ん中、千代田区にありました。その頃は、そのあたりも夜中は信号をとめていたそうです。
「ぴかくん」も、朝起こしてもらって、夜仕事が終わって眠りについてますね。現在のぴかくんは、不眠不休、目はまわりっぱなし?

ある1年1組の読み聞かせの記録(44)2007年04月19日 13時48分35秒

次に行きます。

「コッコさんのともだち」  片山 健 作、 福音館書店
「ゆきのひのゆうびんやさん」 こいで たん 文、 こいで やすこ 絵、福音館書店

「コッコさんのともだち」は、前にもあげたシリーズの1冊。
保育園になじめなくてぽつんと立っているコッコさんが、同じように一人ぼっちの子に気がつきました。二人が少しずつ近づいていく、その感覚が読んでもらう子ども達にはとても良くわかるんだと思います。

「ゆきのひのゆうびんやさん」は、風邪のウサギさんの代わりにネズミ達が郵便配達に出かけるという絵本です。手紙を届けるうちに、雪がどんどんひどくなり、最後のお家にたどり着く前には小包がひっくり返ってなかみが飛び出してしまいます。さあたいへん。
配達先は誰のお家かと考えるのも楽しいですし、無事に(正確にいうと転がり出した荷物を全部は見つけられないんですけれどね)配達を終えて帰る時に、そり(箱を利用)で一気に滑り降りるところも良いですね。

ある1年1組の読み聞かせの記録(43)2007年04月18日 15時03分38秒

担任の先生がいなくて子ども達だけで図書室に来るという事があらかじめわかっている場合に読む本というのがあります。それは、練習がまだ足りない本である場合もありますが、いくら練習しても私には無理という本の時もあります。

「日曜日の歌」 長谷川集平 作、 好学社
「ママはだめっていうけれど」 サッチャー・ハード 作、福音館書店

「日曜日の歌」は、子どもの日記のような短い文と長谷川集平さんの強烈な絵で引っ張っていきます。ぼくが友だちをなぐったり、女の子を泣かせたり、万引きしたり、家族でご飯食べてたり、映画見てたり。
なんということ無い日常ですが、なんということあるんです。

「ママはだめっていうけれど」は、私が何度練習しても上手くいかない絵本です。それでも諦めないのは、ストーリー自体がとても面白いから。でも、音楽が苦手な私には、担任の先生がいないとわかっている時間にこの本の読み聞かせをします。そんなに気にしなくていいんでしょうが、小学校の先生は皆音楽はある程度できますから…。

絵本には歌が出てくる物が少なくないです。そして、読み聞かせの時は、その歌の部分は実際に自分で好きな節をつけて歌っても良いし、棒読みしても良いし、地の文と少し調子をつけて歌なんだよとわからせても良い。それは、読み手の好きなようにすればいいのです。

で、私は歌が出てくる絵本では、少し読む調子を変えてここは地の文とは違うのがわかるという程度にします。ですが、この絵本には最後にしっかり譜面が付いているのです。他にも譜面つきの絵本はありますが、無視できるほどささやかに載ってたり、読み聞かせに使うこと自体やめちゃったりするのですが、先に述べたようにお話が面白いので読みたい、しかも音楽が重要なテーマときてます。

それで教えてもらおうとボランティア仲間に「この譜面よめる?」と差し出すと、初見ですらすら歌えるんですね。「簡単だから大丈夫よ~」って言ってくれたのですが、結局未だに一度も歌ってません。あーあ。
読み聞かせ活動している人の中には、歌が得意な人がけっこう多いので、そういう方は、是非この絵本をレパートリーに加えてくださいね。歌以外にも楽器の音なども出てくるので、うまく読むと本当に楽しいと思います。

もしかして、自分が音楽ができない事を延々と嘆いて、本のなかみを紹介して無かったですかな。
フクロネズミのマイルスは、サキソフォーンを貰って喜んで吹くのですが、うるさいからとママに外へ出されてしまいます。仲間を誘ってバンドを組み、ワニのパーティーで演奏することになりました。ワニの方は、演奏が終わったら彼らを食べちゃうつもり。その窮地をどうやってくぐりぬけるのか!

ある1年1組の読み聞かせの記録(42)2007年04月17日 13時27分23秒

次に行きます。

「やねうら」 ハーウィン・オラム 文、 きたむらさとし絵・翻訳、 評論社
「はなのすきなうし」 マンロー・リーフ 文、 ロバート・ローソン 絵、 岩波書店

「やねうら」も以前は佑学社からでていた絵本です。
ぼくは、おもちゃの消防車のはしごをつたって屋根裏へ上がります。そこには不思議な世界が広がり、トラと友達になったりします。お母さんに話しても、家には屋根裏はないわよって言われるだけなんですけれどね。

「はなのすきなうし」は、岩波の子どもの本シリーズの1冊です。
スペインに生まれた子牛は皆、将来闘牛場で闘うことを夢見ています。ところがフェルジナンドだけは、戦いより花を愛でている方が好きな牛でした。ある日、蜂にさされたフェルジナンドは痛さのあまり暴れまわったため、勇猛な牛と勘違いされてさあたいへん、闘牛場へ連れて行かれてしまいます。